読書ノート

札幌在住の26歳。読書が好きで読書感想ブログをちまちま書いています。特に推理小説が好きですが、どんなジャンルの本でも読むように心がけています。おすすめの本は通年募集中です。

カツカレーのようなボリューム感たっぷりの本格ミステリ。鮎川哲也賞受賞作、今村昌弘「屍人荘の殺人」

10月も中旬となると気温がぐっと冷える札幌。ストーブとまではいかないまでも、ダウンを着始めるひともちらほらと見かけるようになりました。

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写真はBARISTART COFFEEのアラビカブレンドのエスプレッソ。砂糖をスプーン3杯半ぐらいいれて甘くして、かき混ぜないでそのまま一口で飲み干す。そこに溜まったコーヒー味の砂糖をスプーンですくって食べる。これで元気が出ます。さぁ、本を読むぞ!という気になれるわけです。

 

さて、第27回鮎川哲也賞受賞作となった今村昌弘氏の「屍人荘の殺人」が満を持して刊行ということで早速読ませていただきました。

 

 

屍人荘の殺人

屍人荘の殺人

 

 (Amazon 内容紹介より引用)

たった一時間半で世界は一変した。
全員が死ぬか生きるかの極限状況下で起きる密室殺人。
史上稀に見る激戦の選考を圧倒的評価で制した、第27回鮎川哲也賞受賞作。

神紅大学ミステリ愛好会の葉村譲と会長の明智恭介は、曰くつきの映画研究部の夏合宿に加わるため、同じ大学の探偵少女、剣崎比留子と共にペンション紫湛荘を訪ねた。合宿一日目の夜、映研のメンバーたちと肝試しに出かけるが、想像しえなかった事態に遭遇し紫湛荘に立て籠もりを余儀なくされる。緊張と混乱の一夜が明け――。部員の一人が密室で惨殺死体となって発見される。しかしそれは連続殺人の幕開けに過ぎなかった……!! 究極の絶望の淵で、葉村は、明智は、そして比留子は、生き残り謎を解き明かせるか?! 奇想と本格ミステリが見事に融合する選考委員大絶賛の第27回鮎川哲也賞受賞作!

 

シリーズもののように始まりますが、本作品は初出です。内容紹介では巧みに隠されていますが、本格ミステリの王道クローズドサークルと、ホラーの王道ゾンビのコラボレーションという、カツカレーのような作品となっています。

 

と、ここまでは紫湛荘→屍人荘→ゾンビ荘という連想から想定の範囲内。しかし、ゾンビと戦いながら逃げるバイオハザードのようなホラーミステリかとなめてかかると大やけどする。何せ相手は鮎川哲也賞受賞作。加納朋子氏、北村薫氏、辻真先氏がべた褒めするように、一筋縄ではいかない本格ミステリが待ち受けていたわけです。

 

パンデミックによりゾンビ化した集団から逃げるように別荘に籠城した主人公一行が殺人事件に遭遇する。殺された方法は明らかに人間によるもの、しかし殺された死因は明らかにゾンビによるものであることが明らかとなってくる。こっちをたてればあっちがたたず、あっちをたてればこっちがたたず。そんな状況で次々と殺人事件が発生する。

 

本作の面白いところは、明らかに「ゾンビによる殺人」が発生しているというところ。それでいて、ホワイダニットがおおむね自明であるところでしょうか。すなわち殺された人々は、昨年も別荘に女性を連れてきては酷い扱いをして、自殺や退学に追い込んでいる関係者であり、おそらく彼らに対して強い怒りが殺意へと変わったものによって殺された、という意味でのホワイダニットは、物語中で共通認識である、ということです。ただし、ゾンビに襲われている渦中での殺人、という意味でのホワイダニットは最後の解決編にて明らかにされます。

 

したがって、フーダニット、ハウダニット、真の意味でのホワイダニット、それらのすべてを明らかにしなければならない、という状況下にあったということです。

そしてそれらが全く明らかにならない状態で、物語は90%程終盤へと進んでいくわけです。そこからが怒涛の謎解き。探偵役がハウダニットについて言及、死体損壊のトリックが明らかにされます。そこからの消去法でのフーダニットの解明が美しい。「さて、どちらかな?」というぐらいの追い詰め具合。伏線とも気づかぬ伏線を、数少ない手がかりや言葉の端々をこれでもかというぐらい回収していく流れは見事です。

 

さすがにホワイダニットは犯人の自供による部分が大きかったですが、こちらもなぜ殺したのかが納得せざるを得ない作者の筆力に脱帽しました。ゾンビという奇想天外な状況に置かれた中でのある種の不条理な殺人を、ゾンビがいたからこその殺人理由へと逆手にとって、むしろ昇華させていった、一定の道義に基づく殺人だったと言わせしめた。そこもまた素晴らしかったです。

 

 

(ネタバレを含みます)

一点だけ気になったのは、3人目の殺害の際に利用したコンタクトレンズ用の点眼液。犯人はこれにゾンビの血をいれ、角膜からウイルス感染させたとのことでしたが、どうやって点眼液に血を入れたのか、という点。直接触れれば犯人も感染してしまうことを勘案すると、スポイトや注射針のようなものが必要となるのではないか、と。予め用意していた睡眠薬は固形タイプのものですし、犯人のもちもののなかには注射針のようなものはなかったでしょう。そうすると、キッチンにあるであろう爪楊枝なんかを使ったのでしょうかね。まぁ、そんなことは瑣末なことです。

 

⇒コメントを頂いてから気づきました。容器をからにすれば容器をスポイトのようにして吸い取ることができます。その通りでした。頭が完全に「目薬を中に入れたまま血を吸い取る」という前提から抜け出せていませんでした。ちなみに調べて見たところ、内容液の色がわからない、容器に色のついたスポイト状の点眼液もあるみたいですね。(一般社団法人 日本眼科用剤協会 医療用点眼剤写真一覧より)

 

読み終わった感想ですが、前回の鮎川哲也賞受賞作「ジェリーフィッシュは凍らない」に続き、今作も非常にレベルの高い作品だったなぁと思った次第であります。自分に書けと言われても一生無理な気がしますね。

どちらが良かったかというと難しいところですが、個人的にはバイオハザードなどホラー系は苦手なので、ジェリーに軍配があがるところでしょうか。でも完全に好みの問題で、本格ミステリとしては甲乙つけがたい限りです。

masahirom0504.hatenablog.com

 

鮎川哲也賞は何と言っても加納朋子さんの「ななつのこ」が大大大好きなのですが、相沢沙呼さんの「午前零時のサンドリヨン」、青崎有吾さんの「体育館の殺人」など最近の作品もお気に入りがふえており、ますます本賞に期待を高めるばかりであります。もうすでに来年の大賞が楽しみで仕方ありません・・・・。

 

 

 

体育館の殺人 (創元推理文庫)

体育館の殺人 (創元推理文庫)