読書ノート

札幌在住の26歳。読書が好きで読書感想ブログをちまちま書いています。特に推理小説が好きですが、どんなジャンルの本でも読むように心がけています。おすすめの本は通年募集中です。

すごい、なんか、すごい。本谷有希子「静かに、ねぇ、静かに」(群像3月号/講談社)

先日発売された「群像」3月号に本谷有希子さんの創作3本が一挙公開されていた。本谷有希子さんは、純文学系の作家の中で一番好きな作家で、ずっと楽しみにしていたので、(北海道)の発売日に買って、さっそく読んだ。 

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群像 2018年 03 月号 [雑誌]

群像 2018年 03 月号 [雑誌]

 

 

「静かに、ねぇ、静かに」という創作群の中に、いい歳になっているにもかかわらずインスタで自己表現する3人組のマレーシアの旅の模様を描いた「本当の旅」、ネットショッピング依存症の妻をネットから解放するために知り合い夫婦とキャンピングカーでの旅に出た夫婦の話を描く「奥さん、犬は大丈夫ですか?」、夫婦揃って職を失いどん底に落ちたのは印のせいだ、と二人だけが知る印を動画に撮ろうとする夫婦の話を描く「でぶのハッピーバースデー」の3つの短編が掲載されている。

 

全体タイトルの「静かに、ねぇ、静かに」はの頭文字の通り、SNSが今回の短編集のテーマ。インスタグラム、AmazonYoutube、といったところだろうか。(ネットショッピングはSNSではないが、アフィリエイトやブログ、SNS上でのクチコミ等も含めているのだろう。)今の社会のコミュニケーション、社会ツールを織り交ぜた人間たちの群像劇は、どこかのコミュニティーや家庭を覗き見しているような感覚にさせられる。

 

「本当の旅」は、ハネケンとづっちんとヤマコがマレーシアに行く。彼らは来年40になるぐらいの年齢だが、そんなの関係なくハネケンだしづっちんだしヤマコだ。ラインで連絡を取りながら空港に集まり、検査場で迷惑をかけながら、フードコートのおばさんに文句を言いながら、マレーシアへと旅立つ。マレーシアについてからも、キングサイズのベッドに飛び込みはしゃぎ、男と女なんて関係なく3人で一部屋、ベッドさえも共有すれば、「まじ」で「ヤバイ」会話を繰り広げる。途中から、この物語は3人の大学生が貧乏旅行する話のように感じてくる。

しかし、昼寝から目覚めると鏡に映るのはおっさんだし、隣で横たわっているのは、どこからどう見ても黒ずくめのおばさんだった。いわゆる「いい年こいてはしゃいでる」状態だと気づかされる。でもそれと同時に「その光景を見た瞬間、ズゴッ、という何か重たいものが外れるような音」がハネケンの頭に響く。なにかの箍が外れたのか、社会という重圧から解放されたのか。何れにしても、彼らはおじさんおばさんであると同時に、その瞬間だけ年齢から解放される。

そのあとも屋台巡りを動画に収め、自撮り棒で写真撮影をし、Instagramに画像を上げるための素材を撮りまくる。彼らは本当の旅は「してる時そのものの中」にはなくて、「あとから見返す時間」なんじゃないか、と話をしながら、彼らはタクシーに乗る。目的地ではなく、人気のない廃墟に連れていかれても、彼らは恐怖に怯えながらも、笑顔でインスタ用の写真をとったり自撮りをしたりする。そして......。

 

「ファインダー越しの私の世界」だったり、「置き画クラブ」だったり、インスタ映えを狙った独特の文化が存在する。見えないところはいい。見えるところだけでいい。いかに素敵な写真を撮るか。それが全てだ。水面下の白鳥は彼らには関係ないのだ。

 

そういえばこんな事件もありました。

www.nikkei.com

「本当の旅」は後から見返したときに、旅をしたことを感じられること。旅からは、絶対に安全に戻らなければならないのだ。

 

 

「奥さん、犬は大丈夫だよね?」はネット依存症の浪費家の主人公と超倹約家の相手がたの奥さんとの対比が面白い。「登山行くの?じゃあこのトマトとコーヒー淹れた魔法瓶持って行きなさい?お金も使わないし、あなた好きでしょ?」あー、いるいる!いや登山なんて荷物なるべく軽くするんだけど!みたいな。でも、そんなこと関係なく、ただの親切心っていうところに人柄がありありと出ているし、でもそのトマトとコーヒーを持って山を登ってしまう旦那さんの人柄もありありと出ている。お互いに仕方ないなと思うところはありつつも受け入れている、こちらの夫婦は長続きしそうだが......。主人公の夫婦はそうはいかないみたい。旦那は妻の浪費ぐせに怒り心頭だし、妻は旦那の言葉すくななところや他人の前で自分を貶めようとする行為にイライラしている。

一行は、キャンピングカーに乗って道の駅のパーキングエリアで一泊してから目的地に向かうらしいが、パーキングエリアでこの物語は終わる。相も変わらず、旦那が怒り散歩に出かける。酒の勢いもあって、妻は旦那の愚痴を倹約家夫婦に漏らす。そこでいたずらでキャンピングカーの位置をずらして旦那を驚かせようとする。飲酒運転になるがパーキングエリア内だからまぁいいだろう。妻は車を動かそうとするがギアがバックに入っていたのか縁石に乗り上げる。その後ギアを戻してキャンピングカーを移動させて旦那を待つが一向に帰ってこない。倹約家夫婦は旦那をさがしにいくと......。

結論は分かっている。旦那はその前の休憩の時、キャンピングカーの後方に寄り掛かって、煙草を吸っていたし、奥さんは旦那が戻っていたらあの狭いキャンピングカーのロフトの暗闇で共に過ごすことを憂いた直後思い立ったように、エンジンをふかし、バックにギアを入れたまま、アクセルを強めに踏み込んでいるのだから。(きっと、タバコの火がバックミラーに映っていたのでしょう。)

でも話の主題はそこではなくて、奥さんのネットショッピング依存にある。奧さんは普通に買い物にはまっているだけだろうと軽く読んでいると、「次に買うもの探しに追われ」るようになり、「必要なものを全部買い尽くしちゃったらどうしよう」と思い始める。そして子供ができたときも、子供ができたことへの喜びより「赤ちゃんのものがいくらでも買える」と思ってしまった、奥さんのネットショッピング信仰が恐ろしい。欲しいものを買うために、ネットショッピングという手段を利用するのではなく、ネットショッピングを利用することが目的になっている。

倹約家夫婦が旦那を見つけているときに妻は思う。あそこに横たわっているものが、「何が必要になるだろう」と。

 

僕もかなりの頻度でAmazonを利用している。年間100万円ぐらいは使っていると思う。食料品も本もネットで買えるし、ゲームも音楽も映画もネットでダウンロード出来る。その手軽さが恐ろしい。クリックすることに意義を感じ始めるから、僕もきっと依存してる。買ったのに使わないもの、読んでいない本、やっていないゲームが大量にあったりしていつも呆れられる。流石に人が死んだときに何を買おうかな、とは思わないかもしれないけど、友達が結婚したときに、おめでとう!、よりも先に、じゃあ新しいネクタイ買おうかな、とかシャツを新調しようかな、とか考えることもあるから同類なのだと思う。おそろしやおそろしや。刑務所には入りたくないので、節約しようと思ったのでした。

 

最後に「でぶのハッピーバースデー」。炎上しそうなタイトルだけれど、「でぶ」っていうのは旦那の譲歩したいいかたなのかもしれない。「でぶってほどじゃない」し、それよりも歯並びの悪さが目に付くのだけれども、旦那はでぶと呼ぶ。二人は夫婦揃って働いていた会社が倒産し、ハローワークで職探しを始める。その頃から、旦那はでぶと呼ぶ。会社が倒産したのだって、職探しがうまくいかないのだって、「何かを諦めた人間」だという印が付いているからだと旦那はいう。それが歯並びの悪い歯だと。でも二人の夫婦関係はいつだって対等なところが少し歯がゆい。

その後、でぶは職を見つけ、旦那も遅れて同じところで務め始める。ことはうまく回り始め、その勢いもあって、でぶは歯列矯正のための抜歯をする。まずは片側、右側だけ。ただ、術後の腫れ・熱のために長期で休み、店長に次はないと釘を刺されてしまう。片側だけ歯並びの良いバランスの悪い顔のまま二人とも働き続けているが、段々と働く事を疑問に思い始める。

Youtuberの特番を見て、でぶの動画を公開しようと旦那が言い始める。「そのふざけた顔がもっともっとふざけていく様子を毎日とって見せ続ければいいんだよ」、旦那は「でぶの新しい右側の歯」が誕生日プレゼントに欲しいという。抜歯した歯ではなく、少し良くなった歯並びの歯を、だ。それに対してでぶはいう。「あんたのいう通りかも、あたし達は、もっと何かをしなきゃいけないのかも。」最初は、近くの歯科の矯正モニターですら、自分の一番恥ずかしいところを見せたくないと言っていたでぶが、不特定多数への動画配信もありかもしれない、なんて思い始める。

「いいね」の数や再生数を稼ぐために徐々に過激になっていくのは今に始まった事ではない。スナッフ・フィルムやハッピー・スラッピングもその一種だし、コンビニのアイスケースに入ったり、飲食店の流しで風呂に入ったり、とんかつソースを鼻に突っ込んだりして、それを写真や動画にとって流して炎上する。だんだんと善悪の判断がなくなり、面白いか面白くないか、それだけが判断基準となるのは、楽しいけれど危険だ。

 

 

3つの短編を読んだが、彼らは皆、何かに麻痺している。もう私たちの生活からは、インターネットやSNSを切り離すことはできない。 ただ、それに依存するのではなく、共存していかなければならないのだと、強く思った。

 

 

本谷有希子さんは芥川賞をとった「異類婚姻譚」も含め、どの作品も、人間性が豊かな登場人物に溢れている。ただ突飛ではなく、「あぁ、なんかいる気がする」「こういう人、どっかであったことある気がする」と思えるような人間性だ。そしてブラックユーモアや皮肉や悪意も入りみだれる。それがとてもおもしろいので、群像3月号も他の作品も未読の人は是非とも読んで欲しい。

 

異類婚姻譚

異類婚姻譚

 

  

あの子の考えることは変 (講談社文庫)
 

 

幸せ最高ありがとうマジで!

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