読書ノート

札幌在住の26歳。読書が好きで読書感想ブログをちまちま書いています。特に推理小説が好きですが、どんなジャンルの本でも読むように心がけています。おすすめの本は通年募集中です。

ノーベル賞受賞作家カズオ・イシグロの「日の名残り」「わたしを離さないで」を今更ながら読んだ

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10月5日、カズオ・イシグロ氏がノーベル文学賞を受賞しました。

本当に素晴らしいことだと思います。

ノーベル文学賞にカズオ・イシグロさん|まるわかりノーベル賞2017|NHK NEWS WEB

 

くだんのハルキストたちは今年も村上春樹の受賞を期待していたようですが、村上春樹ノーベル賞は相性が悪いはずであるから、今後も受賞はないと思っています。村上春樹氏の作品が悪いというわけではなく、むしろ僕も好んで読んでいますが、村上氏の小説は読者層に普遍的な心理的影響を与え続ける一方で、社会的な影響はというと抽象的すぎて、貢献しているかどうかの判断がつきづらい。とそう思うわけです。

 

そして今回の焦点は、村上氏ではなく、カズオ・イシグロ氏のほうです。

恥ずかしいことながら、「日の名残り」と「わたしを離さないで」を持っていながらにして、わたしはながらく積読状態にしたまま、ノーベル文学賞の発表日を迎えてしまいました。まったく、遺憾であります。まさに忘れられた巨匠の積読の名残がわたしに読ませないで、というわけでございます。意味不明。

 

聞くところによると、Amazonでの注文は急増し、店舗在庫からは姿を消し、図書館は5年待ちだという。ともすれば、わたしが手元に持っているのは、幸運であり、運命であり、また義憤であるわけです。そんな思いもあって、今回この二作を読むことにしました。そして読み終わる。土屋政雄氏の訳が素晴らしかったおかげで、圧倒的なスピードで読み終わってしまいました。そして感慨に耽るわけであります。

 

日の名残り (ハヤカワepi文庫)

日の名残り (ハヤカワepi文庫)

 

(以下Amazon 内容紹介より引用) 

品格ある執事の道を追求し続けてきたスティーブンスは、短い旅に出た。美しい田園風景の道すがら様々な思い出がよぎる。長年仕えたダーリントン卿への敬慕、執事の鑑だった亡父、女中頭への淡い想い、二つの大戦の間に邸内で催された重要な外交会議の数々―過ぎ去りし思い出は、輝きを増して胸のなかで生き続ける。失われつつある伝統的な英国を描いて世界中で大きな感動を呼んだ英国最高の文学賞ブッカー賞受賞作。

 

わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)

わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)

 

(以下Amazon内容紹介より引用)

 自他共に認める優秀な介護人キャシー・Hは、提供者と呼ばれる人々を世話している。キャシーが生まれ育った施設ヘールシャムの仲間も提供者だ。共に青春 の日々を送り、かたい絆で結ばれた親友のルースとトミーも彼女が介護した。キャシーは病室のベッドに座り、あるいは病院へ車を走らせながら、施設での奇 妙な日々に思いをめぐらす。図画工作に極端に力をいれた授業、毎週の健康診断、保護官と呼ばれる教師たちの不思議な態度、そして、キャシーと愛する人々 がたどった数奇で皮肉な運命に……。彼女の回想はヘールシャムの驚くべき真実を明かしていく――英米で絶賛の嵐を巻き起こし、代表作『日の名残り』を凌駕する評されたイシグロ文学の最高到達点。解説/柴田元幸

 

 

日の名残り」はリアリズム的回想、「わたしを離さないで」は非リアリズム的回想と真逆の方向に書かれているような小説でしたが、どちらの小説も衝撃的な事実や出来事を淡々と静謐なタッチで徐々に明らかになっていく、その語り部が十分その出来事を咀嚼しつくし、その登場人物たちの内情がそうであることがさもあたりまえであるかのように描かれている。語り部のある種の人格者的な特徴は両作品とも似ているように感じました。

ただ、「日の名残り」の語り部であるスティーブンスについては、一部回想と事実に齟齬が生じるケースがあり、そういう点では咀嚼した結果、事実を理想化、美化してしまっている点があることだけは留意する必要があるかもしれません。

 

 

日の名残り」は過去の栄華な大英帝国時代への郷愁の念、「わたしを離さないで」は縋り付けない普通の生活への憧憬と諦観が、どちらも悲しくも儚くもあり、しかしながらその現実に向き合い続けたひたむきさというのでしょうか、ノーブル(ノーベルではなく)な佇まい。気高くあれ、の精神も感じられました。

 

限られた人生の中で、過去は事実のまま、現実は現実のままに受け入れるべきであるが、苦しい時代も前を向いて歩いていかなければならない。その先にどんな出来事が待ち受けていようとも、進むべき先に未来がある。それは決して希望のある未来ではないかもしれないが、それでも私たちは進むしかないのだ。カズオ・イシグロ氏はそう私たちに訴えかけているのかもしれない、とそう感じたのでした。

 

おわり。

時間が許す限り、これからもよい小説を読んでいきたいものです。